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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)1408号 判決

上告人 日本電信電話公社

訴訟承継人 日本電信電話株式会社 ほか二名

代理人 菊池信男 大藤敏 長島裕 中島重幸 中澤勇七 井上經敏 菅原崇 吾孫子力

被上告人 金田成子

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤井俊彦、同上野至、同長島裕、同田中一泰、同幸良秋夫、同畑瀬信行、同片桐春一、同山崎久照、同渡辺信行、同川越修一、同小出寛治、同鎌田哲博、同山元毅の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1(一)  上告人日本電信電話公社(昭和五九年法律第八五号日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前の日本電信電話公社法に基づき設立されたもの。以下「公社」という。)は、本件当時、疾病の予防、罹患者の早期発見、早期回復、保健指導、衛生環境の整備等職員の健康管理を適正に実施し、もつて業務の円滑な運営に資することを目的として健康管理規程を定めていたが、右規程は、職員の健康管理にあたつて職員の疾病状況に対応した有効な施策を講ずること(二条一項)を規定する一方、職員は常に自己の健康の保持増進に努め(二条二項)、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない(四条)として職員の遵守すべき義務を明らかにしている。そして、職員の疾病の予防、保健指導を行うとともに罹患者の早期発見等を行うため配置された健康管理医が検診の結果等により必要と認めたときは、当該職員に精密検診を受けさせなければならないこととし(二四条)、また、検診の結果等に基づき、健康管理医は、管理が必要であると認められる個々の職員(以下「要管理者」という。)につき、病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定し(二六条)、右決定のあつた当該職員を右指導区分に従い個別に管理することとしている。また、右要管理者については、日本電信電話公社就業規則(以下「公社就業規則」という。)一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条において、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。更に、公社は、高度な医療技術のもとに、疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理のために疾病の早期発見、早期治療を行う医療機関として、札幌逓信病院を設置している。

(二)  公社は、従前から頸肩腕症候群罹患者の発生に対処するため、専門医を中心にプロジエクトチームを編成し、その原因の究明に努めるとともに、諸施策を実施してその予防及び早期解決に努力してきた結果、罹患者数は年々減少するに至つたものの、発症後三年以上を経過しても治癒しない長期罹患者の割合が大きいことから、この長期罹患者についての対策を全国的規模で検討するに至つた。公社北海道局においても、頸肩腕症候群罹患者数が昭和五〇年の約二二〇名から昭和五三年の約一五〇名に減少したものの、三年以上の長期罹患者の割合が七五パーセントを占めていたため、これについての対策が検討されたが、管内健康管理医の打合せ会では、頸肩腕症候群の疾病要因がまだ医学的に十分解明されていない現状において、その早期回復を図るためには、単に整形外科のみならず、内科、精神神経科等各科の検診を含む総合的な精密検診を実施する必要がある旨の意見が強く出された。そして、全国電気通信労働組合北海道地方本部(以下「全電通道地本」という。)からも右と同趣旨の要望がされたため、昭和五三年七月一四日、公社北海道局と全電通道地本との間において、右長期罹患者を対象として、その疾病要因を追究してその診断により治療及び療養の指導をして早期に健康回復を図ることを目的とする総合精密検診を実施する旨の労働協約が締結されたが、右協約によつて決定された検診方法は、発症後三年以上経過しているのに症状が軽快していない者その他健康管理医が必要と認めた者を被検者として札幌逓信病院に入院させ、整形外科を中心に内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、必要に応じて他科の検診を含む総合精密検診を行うものであり、検診のための入院期間は二週間程度、参加人員は一回四名程度とし、被検者の具体的人選は健康管理医が行うというものであつた。

(三)  被上告人は、当時公社帯広電報電話局(以下「帯広局」という。)に勤務し電話交換の作業に従事する公社職員であつたが、昭和四九年七月五日、川上整形外科医院において頸肩腕症候群と診断される一方、健康管理規程に定める指導区分の「療養」にあたることとされ、その後、休養加療を行つた結果、症状が軽快し、同年九月五日から右指導区分の「要注意」にあたるものとして職場に復帰したが、同年九月一六日からは「勤務軽減」(六時間勤務)となり、同年一一月五日からは再び「療養」にあたることとされて休養し、同年一二月五日「勤務軽減」(四時間勤務)の指導区分により職場に復帰し、昭和五〇年二月一六日に「要注意」となるといつた右指導区分の変遷を繰り返し、本件当時の被上告人の担当職務は、電話番号簿の番号訂正等の事務であつて、本来の職務である電話交換の作業には従事していなかつた。

公社は、昭和四九年九月五日、被上告人の健康状態を考慮し、従来の電話交換作業から軽易な机上作業に担務替えを行うとともに、同年九月二八日、被上告人から提出された右疾病の業務災害認定申請に対して、札幌逓信病院において、整形外科の精密検診を行い、その結果等に基づき、昭和五〇年九月三日付で右疾病が「業務上」である旨の認定をし、各種補償を行つている。

被上告人は、川上整形外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、昭和五二年四月から帯広市内の吉田治療院において月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善はみられなかつた。

(四)  公社は、昭和五三年九月一二日、前記労働協約所定の頸肩腕症候群総合精密検診の第四回目を同年一〇月五日から一八日までに行うこととし、釧路健康管理所の健康管理医の意見に基づき、帯広局所属の被上告人外一名を被検者と決定し、同年九月一三日、被上告人に対し、帯広局岩渕運用部長を介して口頭で受診を指示するとともに、実施期間・場所・検診科名及び入院にあたつての注意事項等を記載した書面を手交し、その後も、受診に消極的な態度を示す被上告人に対して受診するよう説得に努め、同年一〇月三日には、被上告人に対し、右運用部長を介して右受診方の業務命令を発したが、被上告人がこれを拒否したため、更に検診日を一か月後に再設定することとし、同月二七日、右運用部長を介し、一一月九日から同月二二日まで検診を受けるよう業務命令を発したが、被上告人は、同年一〇月三〇日、「札幌逓信病院は信頼できない。」として右の業務命令をも拒否した。

(五)  これより先、全電通道地本はかねて広報紙等を通じて前記労働協約で決定された総合精密検診実施の必要等を組合員に周知させていたが、同年八月二一日、公社から全電通道地本帯広分会に対して検診の対象者として帯広局の被上告人外一名が選定される予定である旨の通知を受けるや、右分会村上書記長は、即日右両名にその旨を伝達した。また、右分会は、被上告人が同年一〇月三日に発せられた総合精密検診の業務命令を拒否したことを重視し、全電通道地本に対して役員の派遣を要請した。これに応じて、全電通道地本は、一〇月一一日から一三日まで執行委員長ら執行部を帯広局に派遣し、被上告人に対して、総合精密検診の趣旨説明をするとともに、その受診方を説得したが、被上告人は、「札幌逓信病院は信頼できない」「業務災害認定解除のおそれがある」等の理由で受診に反対である旨を表明し、結局、全電通道地本執行部の説得を受け容れなかつた。

2  全電通道地本帯広分会執行部は、本件総合精密検診が労使確認事項であるとしながらも、被上告人が受診拒否の意向を有しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、同年一〇月九日午後三時から、帯広局局舎三階の会議室において、公社と団体交渉を行つた。団体交渉は非公開で行われたが、開始後間もなく、被上告人を含む一二名の女子職員が傍聴のため会場の会議室に立ち入り、右分会役員の退去指示にも従わず、一部の者が公開を要求して騒然となり、更に、同室前で分会長らと公開、非公開をめぐり問答し、結局、いつたん中断された団体交渉は再開されなかつた。被上告人は、この間、午後三時一五分ころから約一〇分間にわたり職場を離脱した。

3  公社は、同年一一月一四日、被上告人に対し、1の(四)の受診拒否は、公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」)に該当し、2の職場離脱は、同五九条一八号所定の懲戒事由(「第五条の規定に違反したとき」)に該当するとして、日本電信電話公社法(前記日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前のもの。)三三条に基づき、懲戒戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)をした。

二  原審は、前記の事実関係に基づき、(一) 医療行為については、原則として、これを受ける者に、自己の信任する医師を選択する自由があるとともに、あらかじめその医療行為の内容につき説明を受けたうえで、これを受診するか否かを選択する自由があり、かつ、このことは、その医療行為が診察を目的とするものか、治療を目的とするものかにより、決定的な差異はない、(二) 公社がその健康配慮義務を尽すために行う施策が、職員に対して疾病につき診察、治療の医療行為を受けさせることをその内容とする場合には、その内容が当該職員の前記自由権の尊重につき考慮を払つたものでない限り、あるいは他にその自由権を制約するについて合理的な理由のない限りは、職員に対し、その施策の受容を承諾なくして強制することは許されないものというべきである、(三) 本件総合精密検診の被検者は、検診期間中における私的生活がかなり制限されるほか、必ずしも自己の信任しない医師により検診に必要な限度において、身体的侵襲を受けるとともに個人の秘密が知られることにもなるから、このような前記自由権に対する重大な制約を伴う検診については、他に合理的な理由のない限りは、被検者たる当該職員にその受診義務を課することはできないというべきである、(四) 一般に労働協約がその協約当事者以外の組合員たる個個の職員に対して直接に義務を負わせる効力を有することはあり得るとしても、それは組合が組合員たる職員のため処分権能を有する範囲あるいは組合員たる職員に対しその統制権能を及ぼし得る範囲に限られると解されるところ、医療行為につき組合員たる個個の職員の有する前記自由権は、本来その個人的領域に属し、組合といえどもこれを処分、制限することのできない事項であるというべきであるから、仮に公社と全電通道地本との間に締結された前記労働協約が、組合員たる個個の職員で長期罹患者等に該当する者に対し、直接に本件総合精密検診を受診すべき義務を課する趣旨を含むものとするならば、かかる労働協約はその部分につき無効というほかなく、したがつて、前記労働協約締結の事実をもつて、本件総合精密検診の受診義務を肯定するうえでの前記合理的理由があるとすることはできず、他に被上告人について前記合理的理由に該当する事実を認めるに足る証拠はない、(五) したがつて、本件総合精密検診は、法的義務の履行としてこれを強制することはできないものというべきであるから、被上告人にその受診を命ずる本件業務命令は無効であり、被上告人がこれを拒否したことをもつて公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当するということはできない、(六) 一〇分間の本件職場離脱という事由のみによつて、被上告人に対し、昇給時に昇給額の減額の効果をともなう本件戒告処分をすることは、その原因となつた行為と対比して著しく均衡を失し、社会通念上客観的妥当性を欠いているから、懲戒についての裁量の範囲を逸脱した違法があつて無効である、と判断した。

三  論旨は、要するに、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診を命ずる本件業務命令は無効であり、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたらないとした原審の判断には法令違背がある、というものであり、以下この点について検討する。

1(一)  一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもつて指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがつて、使用者が業務命令をもつて指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によつてその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによつて定まるものであつて、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。

ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至つており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となつているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる。

そして、公社と公社職員との間の労働関係は、その事業のもつ社会性及び公益性から、一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定できないが、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものということができ、また、公社就業規則の目的及び性質も私企業におけるそれと異なるところはないというべきであるから(最高裁昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁)、前述した業務命令の根拠及びその範囲に関する考え方は、公社と公社職員との関係においてもあてはまると解すべきである。

(二)  本件業務命令は、被上告人の罹患した頸肩腕症候群の早期回復を図ることを目的として総合精密検診の受診を命ずるものであり、安全及び衛生に関する業務命令ということができるが、前記の事実関係によれば、公社においては、職員の安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則で定めるほか、健康管理規程を設けている。労働基準法八九条二項によれば、安全及び衛生に関する事項については、特に細かい規定となりやすいため、就業規則とは別個に規則を定めることができるとされているところ、公社における右の健康管理規程は、右八九条二項所定の規則にあたるというべきである。そして、同条項所定の規則といえども、就業規則の一部であることは変わりはないのであるから、右の健康管理規程も就業規則としての性質を有しているものということができる。

2(一)  以上によれば、安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則及び健康管理規程の定めている事項がその内容において合理的なものであるかぎりにおいて公社と被上告人との間の具体的労働契約の内容となつているものということができる。

以上の見地に立つて本件をみるに、前記のとおり、公社の健康管理規程は、二条二項において、一般的に職員の健康保持義務を定めるとともに、四条において、職員は、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない旨を規定し、更に、二四条において、検診の結果等により健康管理医が必要と認めたときは当該職員に精密検診を受けさせなければならないとするとともに、二六条において、健康管理医は、検診の結果等に基づき、要管理者につき、その病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定したうえ、当該職員を右指導区分に従い個別に健康管理指導を行うこととしていること、また、要管理者については、公社就業規則一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条においても、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。

以上の公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となつているものというべきである。

(二)  もつとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、特に公社就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもない。しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきである。換言すれば、要管理者は、労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検診を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び検診実施の時期に関する指示に従う義務を負担しているものというべきである。もつとも、具体的な労働契約上の義務の存否ということとは別個に考えると、一般的に個人が診療を受けることの自由及び医師選択の自由を有することは当然であるが、公社職員が公社との間の労働契約において、自らの自由意思に基づき、右の自由に対し合理的な制限を加え、公社の指示に従うべき旨を約することが可能であることはいうまでもなく(最高裁昭和二五年(オ)第七号同二七年二月二二日第二小法廷判決・民集六巻二号二五八頁)、また、前記のような内容の公社就業規則及び健康管理規程の規定に照らすと、要管理者が労働契約上負担していると認められる前記精密検診の受診義務は、具体的な治療の方法についてまで健康管理従事者の指示に従うべき義務を課するものでないことは明らかであるのみならず、要管理者が別途自ら選択した医師によつて診療を受けることを制限するものでもないから、健康管理従事者の指示する精密検診の内容・方法に合理性ないし相当性が認められる以上、要管理者に右指示に従う義務があることを肯定したとしても、要管理者が本来個人として有している診療を受けることの自由及び医師選択の自由を侵害することにはならないというべきである。

(三)  前記の事実関係によれば、被上告人は、昭和四九年七月、頸肩腕症候群に罹患している旨の診断がされ、同時に健康管理規程二六条所定の指導区分の「療養」にあたる要管理者として管理指導を受けることとなり、その後も、その症状の推移に従い、「勤務軽減」、「療養」、「要注意」等の指導区分にあたる者として管理指導を受けるとともに、昭和五〇年九月には右疾病につき業務上災害の認定を受けて災害補償を受けていたところ、被上告人の右疾病については、外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」の治療を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられず、本件当時も、担当職務について労務軽減の措置を受けたまま、電話番号簿の番号訂正等の軽易な机上事務に従事するのみで、本来の電話交換作業に従事できないでいた、というのである。

右の事情に照らすと、被上告人は、当時頸肩腕症候群に罹患したことを理由に健康管理規程二六条所定の指導区分の決定がされた要管理者であつたのであるから、前述したところによれば、被上告人には、公社との間の労働契約上、健康回復に努める義務があるのみならず、右健康回復に関する健康管理従事者の指示に従う義務があり、したがつて、公社が被上告人の右疾病の治癒回復のため、頸肩腕症候群に関する総合精密検診を受けるようにとの指示をした場合、被上告人としては、右検診について被上告人の右疾病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、労働契約上右の指示に従う義務を負つているものというべきである。

そして、原審の確定した前記事実関係によれば、公社が公社職員を対象として実施することとした頸肩腕症候群総合精密検診は、発症後三年以上を経過しても治癒しない頸肩腕症候群の疾病要因を追究して、その早期回復を図るための具体的方策を見出すことを目的とするものであるところ、右の疾病要因については、まだ医学的に十分な解明がされていないというのであるから、その疾病要因を究明するための右総合精密検診が、整形外科のみならず、内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科等の各専門医による検診を実施したうえ、その各所見を総合的に検討することとしていること、及び右検診のために二週間程度の入院を必要としていることの合理性は否定し難いものというべきである。また、右総合精密検診の実施機関とされる札幌逓信病院は、公社が高度な医療技術により疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理に適した疾病の早期発見、早期治療を行う病院として設置した医療機関であつて、多岐にわたる検診科及び検診項目についての各専門科医の所見を総合して行うべき右総合精密検診を実施するために必要な人的及び物的条件を具備しているとみられるばかりか、同病院が公社内部の医療機関であつて、日頃から公社職員の健康管理に関与していることからすると、他の総合病院におけるよりも、検診を担当する各専門科医に公社職員の頸肩腕症候群の実態及び実施すべき総合精密検診の趣旨を伝達してその周知徹底を期することが比較的容易に行われ得るということも否定できないところである。そして、右のような方法による総合精密検診の実施については、公社と全電通道地本との間で協議がされ、全電通道地本においても右検診方法の合理性を承認したうえで前記労働協約を締結していることが窺われること等の事情をも併せ考慮すると、被上告人ら公社職員を対象とする右総合精密検診の内容・方法の合理性ないし相当性は十分これを肯定することができるものというべきである。

(四)  なお、前記の事実関係によれば、被上告人は、本件当時、健康管理医等の管理のもとに、要管理者として健康管理規程所定の方法により健康回復のための指導を受ける一方、一か月あたり相当回数に上る継続的通院治療を受けていたというのであるが、このことから直ちに、被上告人が公社就業規則一六五条及び健康管理規程三一条所定の健康回復に関する努力義務を履行していたものと断定することはできず、かえつて、被上告人は、右のような継続的な治療を受けていたにもかかわらず、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられなかつたため、本件当時においても、労務軽減の措置を受けたまま、前記の軽易な机上作業に従事するのみで、本来の電話交換作業に復帰できないでいたというのであるから、当時被上告人には、なお、自己の健康回復に努め、本来の自己の職務に復帰できるように努力する義務が存続しており、また、この義務の履行としては、公社がより高度の医学的方策によるべきことを指示する限りは、その指示に従うべきであるというべきである。本件の総合精密検診は、総合病院の各専門科医による検診結果を総合して被上告人の疾病の原因及びその治療方法を究明し、その疾病の早期回復を企図するものであるというのであるから、単に従前の治療行為を繰り返すにとどまる場合と比較して、右総合精密検診の実施が被上告人の健康回復により資するものであるということも否定し難く、以上の事情にかんがみると、被上告人としては、公社就業規則及び健康管理規程上、公社の指示に従い、本件総合精密検診を受診することにより、その健康回復に努める義務が存したものというべきである。

(五)  以上の次第によれば、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、その効力を肯定することができ、これを拒否した被上告人の行為は公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたるというべきである。

四  そうすると、原判決が本件業務命令の効力を否定したうえ、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当しないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであるといわざるを得ず、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記の職場離脱が同条一八号の懲戒事由にあたることはいうまでなく、以上の本件における二個の懲戒事由及び前記の事実関係にかんがみると、原審が説示するように公社における戒告処分が翌年の定期昇給における昇給額の四分一減額という効果を伴うものであること(公社就業規則七六条四項三号)を考慮に入れても、公社が被上告人に対してした本件戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え、これを濫用してされた違法なものであるとすることはできないというべきである。したがつて、本件戒告処分は適法ということができ、その無効確認を求める被上告人の本件請求は理由がないというべきであるから、被上告人の請求を認容した第一審判決はこれを取り消したうえ、その請求を棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口正孝 角田禮次郎 高島益郎 大内恒夫)

上告理由

原判決には、日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)三三条一項及び三四条一項の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、原判決は、「公社がその健康配慮義務を尽すために行う施策が、職員に対して疾病につき診療、治療の医療行為を受けさせることをその内容とする場合には、当該職員の自由権(医療行為については、原則として、これを受ける者に、自己の信任する医師を選択する自由があるとともに、予めその医療行為の内容につき説明を受けたうえで、これを受診するか否かを選択する自由があり、かつこのことは、その医療行為が診察を目的とするものか、治療を目的とするものかにより、決定的な差異はないものと解される。)を害するおそれがあり、しかも右の健康配慮義務は、あくまで公社が職員に対し、その健康の維持ないし増悪防止のため負担する義務にもとづくものであつて、その義務履行のための施策を受容することを当該職員が拒否した場合においては、その拒否によつて公社がその義務を尽くすことができなくなる限度においてかつそれに応じて公社は、その義務違反の責任の全部又は一部を免れるものと解されるから、これらの諸点を考え合わせると、公社は、たとえ右の健康配慮義務を尽すための施策であつても、それが職員に対して疾病につき医療行為を受けさせるものである場合には、その内容が前記自由権の尊重につき考慮を払つたものでない限り、あるいは他にその自由権を制約するについて合理的な理由のない限りは、職員に対し、その施策の受容を承諾なくして強制することは許されないというべきである。

しかして本件検診は、前記のとおり、頸肩腕症候群の長期罹患者等を被検者として、二週間前後にわたり札幌逓信病院という特定の病院に入院させ、整形外科を中心に、内科、精神科(あるいは精神神経科)、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、症状に応じて他科の検診をも行うというものであつて、その具体的な検診内容は明らかではないが、これにより、少なくとも当該被検者は、検診期間中における私的生活がかなり制限されるほか、必ずしも自己の信任しない医師により、検診に必要な限度において、身体的侵襲を受けるとともに個人的秘密が知られることにもなるから、このような前記自由権に対する重大な制約を伴う検診については、他に合理的な理由のない限りは、被検者たる当該職員にその受診義務を課することはできないというべきである。」(原判決五丁裏二行目から六丁裏九行目まで)と判示の上、本件検診を受診すべき旨の業務命令(以下「本件検診命令」という。)は、「被控訴人にその受診義務がないから無効であり、したがつて被控訴人がこれを拒否したことをもつて懲戒の事由とすることは許されないというべきである。」(原判決八丁表七行目から同九行目まで)としているのであるが、原判決の右判断は、以下に述べるとおり、誤りである。

一 本件検診命令と職員の自由権について

原判決は、上告人・日本電信電話公社(以下「上告人」又は「公社」という。)の職員には「自己の信任する医師を選択する自由」(以下「医師選択の自由」という。)及び「受診するか否かを選択する自由」(以下「受診の自由」という。)があり、本件検診命令はこの自由を害するおそれがあるとしているのであるが、右のような自由といえども絶対的なものではなく、自己の自由意思に基づく私法関係上の義務によつて制限を受けるものであり(憲法上の自由権の制約につき最高裁判所昭和二七年二月二二日第二小法廷判決、民集六巻二号二五八ページ参照)、労働契約の当事者間においては、その契約によつて、前記のような自由を制約することも許されるのである。

ところで、公社とその職員との勤務関係は、基本的には私法上の関係であると解されるが(最高裁判所昭和五二年一二月一三日第三小法廷判決、民集三一巻七号九七四ページ参照)、公社においては、公衆電気通信事業という公共性の高い事業の目的を遺漏なく達成するため、この事業に従事する公社職員をその支配下に置き、業務命令によつて統一的に指揮監督して労務に服せしめ、業務を円滑に管理運営する必要がある。そこで、公社法は、職員の義務として、法令及び公社が定める業務上の規程を誠実に遵守すべき義務並びに職務に専念すべき義務を定め(公社法三四条一項、二項)、更に、公社の職員就業規則一六五条は「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めている。

被上告人は、その自由意思に基づき、右の義務に服することを承諾の上で、公社に雇用されているものである。

ところで、本件検診の実施が公社の業務に属するものであることは原判決も肯認しているところである(原判決五丁表一〇行目)が、それは、原判決のいうように単なる健康配慮義務を尽くすための施策としてのみ行われるものではなく、前記のような公共性の高い業務を円滑に遂行していくための施策でもある。

けだし、職員が医師選択の自由あるいは受診の自由を理由に本件検診命令を拒否できるとすれば、職員の病状が休養を要するものかどうか、その病状が休養するには至らないものの本来の職務に就かせる訳にもいかないような者については、これをいかなる部署に配置し、いかなる労働をいかなる程度させるか等を判断する上で支障を生じ、その結果、職員がその健康状態に応じた労務を提供していない場合にも、それを看過、放置せざるを得ないこととなるからである。

したがつて、被上告人は、本件検診命令に対しては、それが社会通念上特に不合理なものとせられない限り、医師選択の自由あるいは受診の自由を理由としてこの検診命令を拒否することはできないものというべきである(本件検診に合理性が存することは後記三、で述べる。)。

なお、昭和二四年五月二八日付け人事院事務総長回答(法審回答三七九二号)も、国家公務員に対する受診命令につき、「上司が、心身の故障のため職務の遂行に支障があり、または、これに堪えないと認められる職員に対し、人事院規則により定められた二名の医師の診察を受けることを命じることは、公務の能率的運営の必要から当然のことであり、それは職務上の命令に属する。したがつて、国家公務員法九八条の規定により、これを拒むことはできないものと解する。」としている。国家公務員法上の職務命令も公社職員就業規則における業務命令と同じように、職務の統一性、画一性の要請に基づいて認められるものであり、右人事院事務総長回答の趣旨は本件業務命令にも当てはまるものである。

二 本件検診命令と健康配慮義務について

次に、原判決は、公社職員が本件検診命令を拒否した場合には、公社はその限度において健康配慮義務違反の責任の全部又は一部を免れるものと解されるから、職員の承諾なくして検診を強制することは許されないとしている。

しかしながら、原判決の右のような考えは誤りである。

1 すなわち、公社職員は公社の指揮監督の下に労務に服しているものであるところ、このような支配管理関係にある場合において、本件検診のような職員の受診行為を必要とする健康配慮義務を十分に尽くしたというためには、職員に対して単に検診の機会を与えたというだけでは足りず、受診を拒絶する職員に対しては、むしろ積極的に管理権を行使して職員の受診を促し、更には業務命令を発する等の適切な処置を施さなければならないものと解せられる。

けだし、右のように解さなければ、被上告人のように、その病状が、休養するまでには至らないものの、本来の職務に就かせる訳にもいかないような者については、これをいかなる部署に配置し、いかなる軽度の労働をいかなる程度にさせるか、を皆目判断することができないため、業務管理上の支障を来すばかりか、上告人に課せられている健康配慮義務を遺漏なく履行することもできないことに帰するからである。

2 また、労働安全衛生法二六条は「労働者は、事業者が第二〇条から第二五条まで及び前条第一項の規定に基づき講ずる措置に応じて、必要な事項を守らなければならない。」と定め、労働者に対し、事業者の行う安全配慮措置に協力し遵守する義務のあることを明らかにしているが、これはいかに事業者が安全配慮措置を尽くしても、労働者自身が、事業者の安全配慮措置に協力しない限り、その効果を期待することが困難であるからにほかならない。

もともと、使用者に課せられる安全配慮義務の責任根拠が信義則にあること(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決、民集二九巻二号一四三ページ参照)に照らせば、それは使用者側のみの一方的責任というべきものではなく、労働者側にも使用者の安全配慮義務に対応した義務、いいかえれば、就労に際して危険の発生を最小限に防止するよう最善の努力を尽くすべき義務が課せられているものというべきである。

そして、その危険防止の中には、健康障害の発生、増進の防止や健康回復のための措置も当然含まれるといわなければならない。

3 更に、本件についていえば、被上告人が、本件頸肩腕症候群のため労働協約に基づく補償を受け、就労についても有利な取扱い(労務軽減措置)(原判決事実摘示で引用する一審判決一二丁裏一〇行目から一三丁裏九行目まで、同二五丁表一〇行目)を受けている地位にあること、及び本件検診によつて長期にわたり治癒しない頸肩腕症候群の治癒方法がより明らかとなる可能性があること等を考慮するならば、被上告人には、当然、本件受診に協力すべき義務が存するといわなければならない(日本電信電話公社職員業務災害補償規則四九条、労働者災害補償保険法四七条の二参照)。

4 以上のとおり、本件検診命令は、上告人の健康配慮義務を尽くすために必要な管理権の行使としてなされた業務命令であり、これを拒否することは、上告人の健康配慮義務に対応する被上告人の忠実義務、協力義務違反になるとともに業務命令違反となり、それは直ちに企業秩序を乱すことになるのであるから、懲戒処分の対象とされることは当然である。

三 本件検診の合理性について

本件検診は、次のとおり合理的なものである。

1 本件検診の目的及び実施に至つた経緯は、原判決も認定するように、昭和四五年ごろから電話交換職を中心に発生した頸肩腕症候群につき、公社は病因の究明、予防及び回復のための諸施策を講じ、これにより北海道ではその罹患者数が年々減少するに至つたが、発症後三年以上経過しても軽快しない長期罹患者(以下「長期罹患者」という。)が頸肩腕症候群罹患者の多数を占めるようになつたこと及び全電通労組北海道地方本部(以下「道地本」という。)の要求もあつたため、公社は、長期罹患者等を対象とし、検診により疾病要因を追究して、その診断により治療及び療養の指導を行ない早期健康回復を図ることを目的とする総合精密検診を実施する旨の労働協約を道地本と締結し、実施したものである(原判決三丁表二行目から裏七行目まで)。

すなわち、公社において各種の予防対策等を講じた結果、頸肩腕症候群の罹患者の新規発症は年々減少し、また、罹患者に対する諸施策、各種治療の効果により、罹患者の多くは比較的短期間のうちに症状が消退し治癒しているのであるが、その一方で、治癒に至らない罹患者は罹患期間が長期に及ぶという憂慮すべき事態が発生したため、長期化した罹患者について健康の早期回復を図る必要が生じ、そのために講ぜられた措置が本件検診であつたのである。

専門医の意見によれば、短期間において症状が消退しない場合には、他の疾病を疑う必要があるので、その鑑別診断のための適切な措置の必要性(乙第一三号証、基発五九号六ページ)、若しくは、「治療効果が上がらない場合、治療法の再吟味を行う」(乙第四号証、頸肩腕症候群プロジエクトチーム答申七ページ)必要性、がある旨の提言がなされており、また、本件診断については、「多角的なアプローチ、労働衛生、精神科学的、心療内科的、精神内科的あるいは整形外科的ないろいろのドクターでチームを組んで、意見を交換しながら進めていかないと解決できない疾患」(乙第五号証、一三ページ)であつて、多角的アプローチが望まれていたのであり、本件検診は、正にこれらの諸事情を十分考慮し、策定されたものであり、当時において考えられる最も有効な施策といえるものである。

2 また、本件検診の実施機関を札幌逓信病院としたことの合理性は原判決も認めているところであり(原判決の引用する一審判決三九丁裏一〇行目から四〇丁裏五行目まで)、北海道における当時の医療事情からして、これを実施できる病院は他になかつたこと及び組合員の利益を擁護する労働組合においても、札幌逓信病院を実施機関に指定しても恣意的な判断は行われないということを十分理解した上で決められたのであり、もし、検診の過程で問題が生じた場合には、労働組合としても十分対処可能なものであつたのである。

3 加えて、本件検診は、実施医療機関及び入院期間等を含め、公社が一方的に独自の施策として実施したものではなく、原判決が判示するように、労使双方が本件疾患の長期化現象を憂い、公社においては累次にわたつて専門医、健康管理医等との間で打合せ検討を行う一方、労働組合も専門医等との連携、組織内での討議を経て、昭和五三年春、公社に対し、総合病院での人間ドツク的措置を強く求めてきたものであり、労使協議の上で本件労働協約が成立したものである(原判決が引用する一審判決三一丁裏三行目から三三丁裏七行目まで)。

しかも、右労働協約成立に至る過程において、組合内部でその締結に否定的な意見の出なかつたことも原判決が認定するとおりである(原判決が引用する一審判決三三丁表八行目から一一行目まで)。

このような過程を経て本件労働協約が成立していることをも考慮するならば、本件検診には十分な合理性があるというべきである。

4 ところで、原判決は、本件検診が(一)私的生活がかなり制限され、(二)自己の信任しない医師により、(三)身体的侵襲を受け、(四)個人的秘密が知られることにより、被上告人の医師選択の自由あるいは受診の自由に対する重大な制約を伴う検診であると判示するが、右(一)ないし(四)の事由は、いずれも重大な制約というべきものでなく、公社職員であり、かつ、業務災害補償や労務軽減措置を受けている被上告人としては当然受忍すべき範囲内のものである。

もとより、検診のために入院すれば私的生活に幾許かの制限を受けることにはなるが、被上告人はもともと長期療養中の患者であり、その治療方法について万全の総合的診断をしようとするのであるから、入院等による私生活の不便はやむを得ないものであるし、入院期間は勤務扱いとして給与も支給されているのであるから、これをしも重大な制約というべきものではない。

また、原判決は、被上告人の信任しない医師により検診が行われることになると判示するが、検診機関が逓信病院とされたのは労働組合との合意によるものであり、逓信病院以外に適切な機関が存在しなかつたからであつて(原判決が引用する一審判決三九丁裏一〇行目から四〇丁裏五行目まで)、検診機関の選定については十分な合理性がある。原判決の右判示は被上告人の主観を偏重するものであつて不当である。

検診に伴う身体的侵襲については、X線検査や血液採取等の通常の診察に伴う程度のものであり、重大な制約といえるほどのものではない。

個人の秘密についても、医師には守秘義務が課せられており(刑法一三四条)、事業所において、健康管理をつかさどる立場にある者についても、「健康診断の……実施に関して知り得た労働者の心身の欠陥その他秘密を漏らしてはならない。」(労安法一〇四条)旨罰則をもつて禁止されているところであり、これについては、他に病院を求めて受診に応ずる限りにおいては、病院を指定して行つた場合と何ら変るところはないのである。

そもそも、被上告人には、公社に対し忠実義務及び完全就労をすべき義務を負つていることからして、一日も早く健康回復に努めなければならない義務が存するのみならず、本件検診の実施そのものが、専門医等から医学的な必要性が提唱されたこと、労働組合と協議の上で決定されていること、原判決も、「本件検診を―とくに広範囲に―実施することにより、疾病要因が明らかにされ、的確な治療及び療養の指導をすることが可能となり、結果的には被控訴人ら長期罹患者に良結果を齋らすことが考えられ、その意味では、被控訴人らが本件検診を受けることが望ましい」(原判決七丁裏三行目から六行目まで)と判示しているのであり、このような事情から見れば、原判決が判示する右(一)ないし(四)の事由は重大な制約というべきものではない。

5 以上のように、被上告人には本件検診の受診を拒否し得る合理的理由がなく、むしろ、本件検診命令には十分な合理性が存するのである。

四 結語

以上により、本件検診命令は有効であり、これを拒否した被上告人の行為は業務命令に違反し、公社職員就業規則五九条三号に該当し、したがつて、公社法三三条一項一号、二号の定める懲戒事由に該当することは明らかである。

しかるに、原判決は、本件検診命令を無効であるとし、被上告人がこれを拒否したことをもつて懲戒の事由とすることは許されないとしたものであつて、かかる原判決の右判断は、公社法三四条一項、三三条一項の解釈適用を誤り、その結果、本件戒告処分を無効とした違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

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